命をいただくという事

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一時、スーパマーケットに売られているお肉を食べられなくなった時がある。
贅沢な話だけど仕方の無い事。
理由は悲しくなったから。
2年くらい前に犠牲際というイスラム教の行事に参加する機会があった。
一家で一頭の羊を買い、その家の一番偉い男性が羊を屠殺する。
屠殺される前の羊の声は言葉では表現出来ない。
屠殺する前に羊が苦しまないようにナイフの刃をよく研ぎ祈りを捧げた後に首にナイフを入れる。
初めてその光景を見る人は気絶寸前になる事がよくあるようだけど、
私は、怖がる子供達に身体中を引っ張り回されながらじっと見ていた。
怖いとか気持ちが悪いという感覚は全くなくて、これが命を頂くって事なんだ。
食べ方にも作法があり、ビスミッラーと言った後にまず内蔵から食べそれから肉、頭を食べる。


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貧しい人達にも肉を分け、皮は絨毯等に使う。


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全く命に無駄が無い。
そして本当に美味しい。
先進国で食べられる食肉の動物達の殆どが、流れ作業の中で一瞬の間に肉になって行く。
飽食の日本やその他の国でも毎日食べずに捨てられる命がどれだけ存在するのか。
自分を含めて、もっと食べるという事に意識を向ける事がとても大事だと思う。
犠牲になっている命があるのだから。



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by t7moko | 2013-07-19 00:06